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【ディスクレビュー】ケイト・ブッシュのアルバム『天使と小悪魔』を全曲解説して分かったこと

ケイト・ブッシュ(Kate Bush)のデビューアルバム『天使と小悪魔』(The Kick Inside)を解説&レビュー(洋楽名曲)
axlcity
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ケイト・ブッシュのディスクレビュー第1弾。

今回レビューするのは、記念すべきケイト・ブッシュのデビュー・アルバム『天使と小悪魔』(The Kick Inside)だ。

これから聴きたい人、曲単位やベスト盤でしか聴いたことのない人へ役立つ内容となっているので、是非、最後まで読んでくれると幸いだ。

つる
つる

レビュー内容(評価)は感性、感覚の話になるので、あくまで個人の意見としてとらえていただきたい。

[: @tsurumusicblog / : @axlcity]

またこのディスクレビュー記事では「アルバムで聞くことの大切さ」を再認識してもらいたいという意図や願望も込めている。

ミュージシャンたちの芸術作品を1人でも多くの方に知ってもらい、そして手にとってもらえたら幸いだ。

この記事で分かること・おすすめな人
  • 初見ならではのレビューと考察
  • 全曲解説&おすすめ度(★5段階評価)
  • アルバムの歴史
  • これからケイト・ブッシュを聴きたい方
  • ベスト盤でしか聴いたことのない方
  • 洋楽をとことん楽しみたい方
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『天使と小悪魔』全曲レビュー/おすすめ度(★5段評価)

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アルバム『天使と小悪魔』ガイド
収録曲収録時間おすすめ度(★5段階)
1Moving3’06”
2The Saxophone Song3’48”
3Strange Phenomena2’58”
4Kite2’58”
5The Man With The Child In His Eyes2’40”
Wuthering Heights4’28”
James And The Cold Gun3’35”
Feel It3’03”
Oh To Be In Love3’18”
10L’amour Looks Something Like You2’27”
11Them Heavy People3’05”
12Room For The Life4’04”
13The Kick Inside3’35”

1. Moving /天使と小悪魔

鯨の鳴き声から始まり、なんとも魅惑的な歌声を響かせるケイト・ブッシュ。

ピアノの旋律とベースラインが彼女の歌声と混じり合い魅惑的な雰囲気を作り、この不思議な世界観の中では「異性に魅了され揺れ動く魂と心の声」と「自由な考えや生き方」をうまく表現している。

ヴァース1(Aメロ)では前者の内容、ヴァース2では鯨にインスパイアされたというケイトの自由で美しい歌詞が歌われていると考えられる。

つる
つる

ピアノの演奏がまるでダンスをしているように複雑に演出されているのに注目だよ!

考察①

この歌はケイト・ブッシュのダンスの先生、リンゼイ・ケンプ(Lindsay Kemp)のために書いた曲だと言われている。

【出典】Lindsay Kemp (@lindsaykemp_of) Instagramより

ロンドンで戯曲「フラワーズ」を見てすぐに彼に弟子入りをすることに。

“Moving”という曲には、彼のダンスやマイムの動き(Moving)に感激を受けたことの他に、大海原で泳ぐ鯨からインスパイアされたという背景がある。

もちろん、その経験や情景を曲に落とし込むケイト自身のソングライティングも相俟ってここまで美しい曲が出来上がっている。

また、ケイトは曲についてこう説明している。

The song is almost biographical. It’s about how a person discovers free expression. When I was studying with Lindsay it was thrilling just to watch him work. 

「この歌は、人がいかにして自由な表現を見出すかということについての歌。私が彼のもとで学んでいた時、彼の動きを見るのはとてもスリリングだった」

「THE KICK INSIDE」 立川直樹 ライナーノーツより (CP21-6082)
テキーラ
テキーラ

水の中を泳いだり、浮かんだりする鯨は「自由の象徴」みたいに描いてるとも考えられるな。

また曲の始まりと終わりで聞こえる鯨の鳴き声は、生物学者ロジャー・ペインが録音した「Songs of the Humpback Whale」というアルバムからのサンプリングである。

【出典】Attend the Whale Song: Roger Payne at TEDxBeaconStreet|TEDx Talks|YouTubeより
考察②

「私の魂の百合 (Lily) をつぶした」という歌詞は、あなたの魅力に心奪われたことを表していると考えられる。

また百合は“純潔” “謙虚さ” “聖母マリア”の象徴という意味を持っている。

つまり、何にも晒されず汚れずただ液体のように動く姿に初めて心奪われた(=情熱を感じた)と比喩的に表現している

つる
つる

ダンスの先生の動きと水に浮かぶ鯨、その両方に魅了されたケイトが文学的な表現をしていることに今私自身感激している。

2. The Saxophone Song /サキソフォーン・ソング

“Moving”のアウトロから地続きで演奏が始まる。

10秒ほど鯨の鳴き声が流れ、歌に合わせてピアノとアルペジオを奏でるアコースティックギターがリズミカルに演奏される。

まるで呼吸をするかのように吹きなるキーボードの音の後にドラムとエレキギターが加わり、”turning in your saxophone” と歌うケイトに合わせてグルーヴィーなサキソフォーンがまるで生き物のようにうねり出す。

ここまでで53秒、すでに虜になってしまった。

テキーラ
テキーラ

サキソフォーンとケイトが踊っているように想像できるな

つる
つる

2:06からのサキソフォーンもいいよね〜

2:36から曲の終わりまでループして演奏されるキーボードは機械音的であるものの、サキソフォーンとストリングスと融合して無機質なものに生命が宿った音に変化しているのがこりゃまた素晴らしい。

考察

こちらの曲はケイト・ブッシュの曲の中で最も古い曲。

1975年彼女が16、17歳ごろにレコーディングを済ませたというものだそうだ。

過去に「デヴィッド・ボウイについて歌った曲なのですか?」というファンの質問に対して、この歌はサックスという楽器そのものについて歌った曲と返答している。

またいくつかのインタビューでも以下のように語っている。

【出典】David Bowie (@davidbowie) Instagramより

“The song isn’t about David Bowie. I wrote it about the instrument, not the player, at a time when I really loved the sound of the saxophone — I still do.”

「この曲はデヴィッド・ボウイのことを歌っているのではないの。サックスの音色が本当に好きだった時期に、奏者ではなく楽器について書いたのよ–今でもサックスは好きよ。

the Kate Bush Club newsletter (November 1979)

“I wrote The Saxophone Song [sic] because, for me, the saxophone is a truly amazing instrument. Its sound is very exciting — rich and mellow. It sounds like a female.”

「私はサキソホーンはホントに素晴らしい楽器だと思うので、この曲を書いた。それはエキサイティングでリッチで、そしてメロウ。女性的に聴こえるわね」

「THE KICK INSIDE」 立川直樹 ライナーノーツより (CP21-6082)

ベルリンのスモーキーなバーで、私だけが聴いているサックスという完璧な舞台。

それは歌で表現するだけでなく、サックスの演奏からも情景が伝わってくる、そんなクールでメロウな楽曲だ。

つる
つる

ちなみにサックスを演奏しているのはアラン・スキッドモアっていう人だよ!

【出典】British Progressive Jazz (@BritProgJazz) Xより

3. Strange Phenomena /奇妙な現象

【出典】Kate Bush – Strange Phenomena – De Efteling Special – 12-05-1978 • TopPop|TopPop|YouTubeより

4秒ほど無音が続いたあとに急に始まるピアノの演奏。

リスナーに注意を引かせるための巧妙な作りになっている。

よく聞くと、うっすらと鯨の鳴き声が聞こえる。

3音のみが繰り返し演奏され少しミステリアスで不安な印象を与えるのだが、展開は早く明るい和音や水の流れる音のようなシンセサイザーが奇妙に調和する。

コーラスで弾けるケイトの和声とバンドの演奏からはまさに「奇妙な現象」というタイトルそのものを体現できるだろう。

テキーラ
テキーラ

ケイトのパントマイムは歌の内容を忠実に再現しているな

考察①

Verse1では「人間が波長を合わせれば月の満ち欠けが現れる」とスピリチュアル的な始まりをするのだが、その後は生理について歌っているようにも捉えられる歌詞が歌われる。

“Every girl knows about the punctual blues”

直訳すると「どの女の子も正確なブルースを知っている」となるのだが、”the blues” とはブルースという意味だけでなく”憂鬱”や”落ち込み”という意味がある。

また”punctual” は”几帳面”、”時間通りの”という意味もあり二重の意味が隠されていると考えられる。

つる
つる

月の満ち欠けはその周期を表しているのかもしれない

考察②

「”G”がやってくる」という歌詞は謎で、いまだに正確な答えはわからないのだが、ケイトを見出したデヴィッド・ギルモア (David Gilmore)の説と月経を意味するイギリスのスラング”George”という説があると思う。

また、heという一人称で歌われている点からも男性名詞と解釈できる。

ただの月経についての歌ではなく、ケイト・ブッシュが語るようにこの歌は奇妙な偶然について歌っている。

“Strange Phenomena” is about how coincidences cluster together. We can all recall instances when we have been thinking about a particular person and then have met a mutual friend who – totally unprompted – will begin talking about that person. That’s a very basic way of explaining what I mean, but these “clusters of coincidence” occur all the time. We are surrounded by strange phenomena, but very few people are aware of it. Most take it as being part of everyday life.

「奇妙な現象」は、偶然の一致がまとまって起こることについての曲です。

私たちは誰しも、ある特定の人物のことを考えていたときに、偶然出会った友人がその人について話し始める、というような経験を思い出すことができるでしょ。

これはとても基本的な説明ですが、このような「偶然の集まり」は常に起こっているんです。

私たちは奇妙な現象に囲まれているのですが、ほとんどの人はそれに気づいていません。

多くの人は日常生活の一部だと思っていますから。

Music Talk, 1978

確かにverse2、3と偶然新聞で目にする名前、妹が呼んでいる不吉な予感と偶然や虫の知らせ的な歌詞が続いている。

そしてコーラスの終わりで唱えられる「Om Mani Padme Hum」

これはチベット仏教徒のマントラで「蓮華の宝珠よ、幸いあれ」という意味を持つもの。

唱えることで心身ともに浄化され、身の回りに平和と調和、幸福をもたらすと言われているそうだ。

テキーラ
テキーラ

偶然に感謝し、偶然に喜ぶ。例え悪い予感でも、それをいい方向に持っていく呪文にも感じるな

4. Kite /風に舞う羽根のように (カイト)

【出典】Kate Bush (@katebushmusic) Instagramより

ベース、キーボードが低音を響かせ始まる。

リズムから”Kite” (凧)が意味するように上空を高く飛ぶ凧が風に揺られて動く様子がつい頭の中で想像してしまう。

全体的にレゲエ調で展開されるこの曲は、前述したとおり空に舞う凧のことを歌っているものだ。

ただ内容も結構深く、空にあいた穴から大きな目玉が覗き「登っておいで、凧になって」と誘われ突然体が空高く飛んでいく主人公。

ワクワクがいっぱいになり軽くなった身体は(手足のない)羽根のような気分になる。

しかし、歌の主人公はいつまでも飛んでいたくはなく地上に戻りたくても戻れないと歌って幕を閉じる。

「どうやって戻っていいのか分からない」という心理描写にどこか恐怖を感じる一曲だ。

テキーラ
テキーラ

アルバムのジャケットはまさにこのシーンを描いているな

考察

この歌に恐怖を感じるのは上空から地上に戻れないという結末を迎える内容そのものだけではない。

歌詞の冒頭に「ベルゼブブ」という悪魔が登場するのにも注目なのだ。

ヘブライ語で「蠅(ハエ)の王」を意味するベルゼブブ、彼は歌の中で主人公のお腹を痛ませ、足を重くし地に足を埋めてしまうという歌詞から始まる。

上空から大きな目が覗きこむのはベルゼブブの目、「登っておいで、凧になって」と誘いだし上空を舞う。

群れをなして月の上へ下へ動く様子や「蠅の王」という点からも主人公は蠅に変えられてしまったとも考えられる。

一方で上空に上がるのは自由の象徴とも捉えられるので解釈がたくさんあり不思議だ。

前曲の”Strange Phenomena” の不吉な予感という伏線を回収するようにも考えられるので、より深く複雑な考察ができる楽曲だ。

つる
つる

カフカの小説『変身』のように主人公は虫(蠅)になってしまったのだろうか?

テキーラ
テキーラ

当時イギリスで凧揚げが流行ったから、単純に自由に羽ばたきたいとかっていう意味なんじゃね?

5. The Man With The Child In His Eyes /少年の瞳を持った男

落ち着いたピアノとケイトの柔らかい歌声で始まる。

若い女性と年上の男性との関係を描いていおり、タイトルにある「少年の瞳を持った男」を表現するかのようにピアノとストリングスの優しいタッチで演奏される。

複雑に音を入れている楽曲が多い一方で、この曲はピアノとオーケストラによるストリングスとシンプルな構成になっている。

子供の無垢なこころや感性を表しているようにも聞こえる、そんな楽曲になっている。

テキーラ
テキーラ

ちなみにシングル盤だと冒頭に”He’s Here”とささやいているのが聞こえるぞ

考察

夢の中でとある男の声を無意識に聞いてしまう。

会ったこともない彼は海のことや永遠に続く愛の話をするという。

難解な詩が続くのだが、おそらくすでに会ったことのある男が年老いた姿で夢に登場し語りかけてくるということだと思う。(会ったこともないというのは姿が別人だからか?)

そしてその男の瞳には少年の頃と同じ輝きを持っているというという。

瞳の内側(心の内側)には少年時代の遊び心を忘れていないという意味も持ち合わせているのだろう。

ケイト・ブッシュ自身はこう語っている

I wrote that when I was 16. I’ve got two older brothers and have always been in the company of older men. They seem to have so much fun and are able to laugh at themselves. I love that. It’s a song expressing that most men are really children at heart.

この曲は私が16歳のときに書きました。

私には兄が2人いて、いつも年上の男性と一緒にいたんです。

彼らはとても楽しそうで、自分たちを笑い飛ばせるところが大好きなんです。

この曲は、ほとんどの男性は心の中では本当に子供であるということを表現しているんですよ。 

1979, Liverpool Echo

男が誰なのかという疑問なのだが、スティーヴ・ブラックネル(Steve Blacknell)ではないかという説が浮上している。

2010年のdailymailの記事によればスティーヴはケイトの恋人で1975年の春につき会っていたそうだ。

音楽業界に夢を見ていたスティーヴは、ベクスリー区にある精神病院のトイレの清掃員からデッカレコードのマーケティング・アシスタントに転職。

しかし、ケイトがキャリアを積み重ねていくと少し距離が離れていったという。

一方的な見解を述べられているのでこの曲がスティーヴについての歌かどうかは分からない。

さらに13歳の頃に書き16歳の時にレコーディングしたという話もある。

交際していた期間と曲の書かれた時期が異なるので、個人的には特定の人物についての歌ではないと考えている。

6. Wuthering Heights /嵐ヶ丘

“Strange Phenomena”と同じように3音のピアノの伴奏で幕を開ける。

しかし、煌びやかで美しい音色であるためミステリアスで不安な感覚は感じられないのが違う点だ。

また耳から脳みそまでストレートに入る魅惑の高い歌声は、前半の曲とはひと味違う不思議な音の波を放ち、何度聞いても新鮮な状態で聴ける。

エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』をベースにした内容が歌われており、ヒースクリフとキャサリン(キャシー)の愛、嫉妬や憎しみが表現されるだけでなく、キャサリンの亡霊が窓の外から語りかけてくる描写も想像できるゴシック・ホラーの要素を持った名曲である。

もっと知りたい方は【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【洋楽名曲解説】で詳細に解説している。

ぜひ合わせて読んでもらえると幸いだ。

合わせて読みたい
【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【洋楽名曲解説】
【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【洋楽名曲解説】

7. James And The Cold Gun /ジェームズ・アンド・ザ・コールド・ガン

終始飛び跳ねたくなるような躍動感を感じるポップなナンバー。

特にオルガンとドラムが印象的で曲の内容とマッチし緊張感すら感じさせる。

ヴァース2ではケイトのバックコーラスが祭りの掛け声のようにも聞こえ奇妙でありながらアート要素をふんだんに含んでいてグルーヴ感があり面白い。

曲の内容はライフルを持ったまま戦に行ったジェームズという男の帰りを待つ街の住人とジニーという女の心を歌ったもの。

悲しみ、寂しさといった女ごころを見事に表した一曲だ。

つる
つる

「ジェームズ、あなたは冷たい銃に魂を売ってしまうの?」という歌詞からも分かるね。

考察

ケイト・ブッシュは “James” が誰か特定の人間のことを指しているわけではないと回答している。

しかし私はアメリカ西部のアウトロー “ジェシー・ジェイムズ”のことを表しているのではないかと思う。

南北戦争後に仲間を率いて、銀行強盗, 列車強盗と殺人を犯した極悪人と知られる一方で民衆からは英雄とさえ称えられた男。

ブラッド・ピットが主演の映画『ジェシー・ジェームズの暗殺』(2007) などで幾度と映像化される人物。

またポケモンに登場するロケット団のムサシとコジロウは、英語名でそれぞれジェシー、ジェームズとなるほど。

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そんなジェシー・ジェームズが英雄と言われたのは「元南郡兵士や労働者や御婦人からは金を奪うことはしない」というルールがあったからだ。

あくまで個人の考察だが、この歌ではそんなアウトローの一面に惹かれた女目線から捉えた内容が歌われていると考えられる。

【出典】Fiorentina Dagostino (@katebush_thecollection) Instagramより

それはケイトのコンサートの衣装やステージパフォーマンスからも窺えること。

カウガールの衣装でピカピカに磨き上げられたリボルバーを腰に差し、次々に命を狙いにくる刺客たちにライフルで立ち向かうというライブ演出からもわかるのだ。

8. Feel It /フィール・イット

スローでムーディーなピアノとヴォーカルというシンプルな構成で展開される楽曲。

ムーディーと言ったのは単純に雰囲気が良いだけではなく、歌詞がなかなかエロティックで情熱的なところからも感じるからだ。

パーティーの後に居間に鍵をかけで2人きりの男女が愛を求め合うという官能小説のような内容が歌われている。

ケイトはこの曲についてこう語っている

A song about a woman who is looking forward to enjoying a relationship with a man she has not yet explored.

これはまだ見ぬ男性との関係を楽しみにしている女性についての歌よ。

1978, Music Talk
テキーラ
テキーラ

ケイトの歌声に注目だ!

9. Oh To Be In Love /恋って何?

“Feel It”とのつながりが非常に美しい楽曲、それがこの”Oh To Be In Love”だ。

水の流れるようなピアノの伴奏から始まり、ヴォーカルにアコースティックギター、ベースとドラムという2段階に分かれて演奏に入り込んでくる。

さらにマンドリンは明るい乙女心を演出し、1:27から入るシンセサイザーは男性との恋に迷う女性の恋の迷宮をより一層強く表現しているように聞こえる。

コーラスではバクバクと心臓の鼓動のように歌われるバックコーラスが印象的で、冒頭から終わりまで常に心地よいグルーヴを感じる楽曲だ。

つる
つる

マンドリンが印象的なこの曲、実はケイトの実兄、パディー・ブッシュが演奏しているんだよ。

10. L’amour Looks Something Like You /ラムールは貴方のよう

冒頭うっすらと「嵐が丘」のイントロを匂わせるピアノを響かせ始まるケイトの唯一無二の歌声。

“Feel It”, “Oh To Be In Love” と続く恋愛三部作と言っていいだろうか。

楽しく無邪気な恋から、恋の迷宮に迷い込み、”L’amour Looks Something Like You” ではその気難しい恋愛 (Sticky Love)について哲学的、幻想的な生き物のように表現している。

難ありな恋愛物語は演奏や歌からも感じられ、どこか「嵐が丘」を聴いているような不思議な感覚に陥る。

考察

タイトルにある “L’amour” とはフランス語で「愛、愛情、恋人」を意味しており、コーラスで登場する “Goose Moon” はネイティブアメリカン(トリンギット族とハイダ族)の表現で1月の満月を意味している。

“月” を歌詞に取り入れているケイトは同アルバム3曲目の「奇妙な現象」(Strange Phenomena)で月の周期と月経を見事に表現している。

そして満月では全てが満ちる(愛という名の欲望が満たされる)ことを意味しているのかも知れない。

しかし、実際歌の中では愛に満たされない女性のことを歌われている。

11. Them Heavy People /ローリング・ザ・ボール

おお、急にやってくるレゲエ調の曲。

なんとも不思議な曲なのだが、自由にリズムにのって歌えるというケイトにしてはなかなか珍しい作品だ。

そして、”Rolling the ball, rolling the ball, rolling the ball to me” というブリッジの後につながるヴァース2ではちゃっかりスライドギターが入るのがこりゃまたカッコいい。

この曲はいわゆる精神世界をテーマに扱っている

「心の部屋に隠れる」「人は誰しもが心の中に天国を持っている」という歌詞や「水晶なんて必要ないし、魔法の杖なんかに騙されちゃダメよ/私たち人類はすべて持っているもの/奇跡は起こせるのよ」という歌詞からも自分の内側から湧いてくる気持ちや自由な心の在り方なんかを歌っている。

ケイト・ブッシュ自身この曲は実家で座っている時に”Rolling the ball”というフレーズが浮かんできて、すぐさまピアノでコードを弾いたという。

まさに彼女自身が突然内側から出てくるという経験をしたのだ。

また彼女はこの曲について以下のように語っている。

It has lots of different people and ideas and things like that in it, and they came to me amazingly easily – it was a bit like “Oh England”, because in a way so much of it was what was happening at home at the time.

My brother and my father were very much involved in talking about Gurdjieff and whirling Dervishes, and I was really getting into it, too. It was just like plucking out a bit of that and putting it into something that rhymed. And it happened so easily – in a way, too easily.

(…)

I thought it was important not to be narrow-minded just because we talked about Gurdjieff. I knew that I didn’t mean his system was the only way, and that was why it was important to include whirling Dervishes and Jesus, because they are strong, too. Anyway, in the long run, although somebody might be into all of them, it’s really you that does it – they’re just the vehicle to get you there.

この曲にはさまざまな人やアイデアが詰まっていて、驚くほど簡単に浮かんできました。まるで “Oh England My Lionheart”(ケイトの楽曲)のように、当時家で起こっていたことの多くが反映されているような感じでした。

兄と父はグルジエフやダルヴィッシュ(スーフィー)の舞踏についてよく話していて、私もそれに夢中になっていました。それを取り入れて何かリズムに乗ったものにするのは簡単なことでした、簡単すぎるほどにね。

(中略)

グルジエフについて話していたからといって、偏狭にならないことが重要だと思いました。彼のやり方が唯一の方法だとは思っていませんでしたし、だからこそ、ダルヴィッシュの舞踏やイエスを取り入れることが重要でした。結局のところ、誰かがそれらすべてに夢中になったとしても、本当に大切なのは自分自身なのであって、ただそこに至るための手段に過ぎないのです。

 KATE BUSH CLUB NEWSLETTER NUMBER 3, NOVEMBER 1979
つる
つる

“Rolling the ball”って以心伝心的な心の玉のキャッチボールみたいなことを言っているのかも知れないね。

豆知識

日本では「ローリング・ザ・ボール」という邦題が付けられており、当時セイコーの腕時計のテレビCMに使用され、ケイト自身も出演している。

【出典】Pulp Librarian (@PulpLibrarian) Xより

【出典】Concept Talk (@concepttalk) Instagramより

つる
つる

テレビCMでは「誰もがもうひとりの自分を隠しているの。それを探すのは素敵なこと」って語ってるね

12. Room For The Life /生命のふるさと

ピアノの伴奏から始まり繊細なケイトの歌声が終始我々リスナーの感性を刺激する楽曲。

2:57からアウトロまで続くケルト音楽のような民族的な音の集合体は、ケイト・ブッシュの内側から光るアート性を感じる。

それは前曲「The Heavy People」の神秘的精神世界を継承したような摩訶不思議な世界観を表しているようにも聞こえ、心地よい楽曲に仕上がっている。

考察

“Room for the life”はフェミニズム的な内容の曲と捉えらる一方で、イギリスにおける女性の歴史的背景が描かれていると考えられる。

まずヴァース1では恋に敗れ涙を流し誰にも気をつかわれなくても大丈夫と強い女性像を映し出し、ヴァース2では家庭的で人目につかないプライベートな空間で住む(家庭は城)というヴィクトリア朝時代の歴史的背景を歌にしている。

それは “How long do you think, before she’ll go out, woman” や “With no lover to free her desire” という歌詞からも読み取れ、公的領域で活動する”男” と私的領域で活動する “女”の役割をストーリー仕立てにして表現している

また「子宮に生命を宿している」というコーラス部分からは既婚女性が主人公であることもわかる。

テキーラ
テキーラ

「生命のふるさと」っていう邦題もなかなか良いな

13. The Kick Inside /キック・インサイド

ピアノとストリングスで構成されるシンプルな楽曲で美しい音色を響かせるのだが、歌の内容は非常に恐ろしく悲しい、“自◯をする前の様子” が描かれている。

ベースとなったのは、スコットランドの伝承バラッド(フォークソング)「Lucy Wan (Luzie Wan)」(1776年)からインスパイアされたもの。

19世紀にアメリカの民俗学者フランシス・ジェームズ・チャイルドがイングランドとスコットランドのバラッドをまとめた『The English and Scottish Popular Ballads』が出版され、「Lucy Wan (Luzie Wan)」は51篇に収録されている。

【引用】The Kick Inside

ケイトの歌では、兄と妹の禁断の愛の物語が歌われ、兄の子を身籠った妹がその責任と兄の名誉のために自ら◯を絶つという悲劇の物語が、妹の遺書を通して描かれている。(オリジナルでは兄が妹を殺す展開になっている)

考察

アルバムおよび曲名にもなっている “The Kick Inside” とは何なのだろう。

直訳すると「内側を蹴る」という意味なのだが、おそらく子宮にいる子供が蹴り上げる様子を表していると考えられる。

そしてアルバムのタイトルにしたのは、ケイト自身の内から溢れる感情や情熱を表した言葉であるとも考えられる。

実際学校のシステムに合わず退学し、音楽をやる前は精神科の道に進もうとも考えていたケイト。インタビューでは以下のような発言もしている。

「音楽に関して一番重要なことは、音楽はメッセージを選ぶものということです。たとえ、どんなメッセージであっても。私は精神医になるより、ソングライターになって、とても良かった。私は今、人々を戸外へ飛び出させることが出来るかも知れない」

「THE KICK INSIDE」 立川直樹 ライナーノーツより (CP21-6082)

ケイト・ブッシュという音楽シーンに新たに登場した “新生” とも捉えられるかも知れない。

【参考】Lucy Wan

『天使と小悪魔』の歴史

1978年2月にリリースされたアルバム『天使と小悪魔』(The Kick Inside)は、ケイト・ブッシュのデビュー・アルバムだ。

解説

【出典】Fiorentina Dagostino (@katebush_thecollection) Instagramより

元看護師の母と医師の父を持つ裕福な家庭で育ったケイト・ブッシュ。

2人の兄の影響や音楽の英才教育を受けていた彼女は、14歳の頃にはすでに60曲にも及ぶオリジナル曲を作り上げていたそうだ。

ひょんなことから、その才能にいち早く気づいた兄たちは音楽の仕事を通して知り合ったピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアにデモ・テープを聞かせる。

デヴィッドはその後ブッシュ家を訪れ、改めてケイトの才能と可能性に惚れ込んだという。

ここからケイトの人生は一気に音楽への道へとまっしぐらに進んでいくことになる。

1975年デヴィッドはロンドンのエアー・スタジオを押さえ、プロデューサーのアンドリュー・パウエルの元でデモ・セッションを行い、3つのデモ曲を録音する。

つる
つる

デヴィッドはこのセッションを全額負担したそうだよ

1976年7月、ケイトが18歳の頃に正式にEMIと契約を結び、翌年7月にはエアースタジオで本格的なレコーディングを進めた。

1978年1月20日デビュー・シングル「嵐が丘」がリリース。

詳しい解説は【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【楽曲紹介】から

合わせて読みたい
【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【洋楽名曲解説】
【第12回】ケイト・ブッシュ「嵐が丘」(Wuthering Heights)を完全解説【洋楽名曲解説】

同年2月17日に発表されたのがこのデビュー・アルバム『天使と小悪魔』である。

6月には初来日を果たし、「第7回東京音楽祭」に出場し”銀賞”を受賞している。

【出典】Fiorentina Dagostino (@katebush_thecollection) Instagramより

テキーラ
テキーラ

この時は”Moving” (嘆きの天使)を披露したぜ

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まとめ:『天使と小悪魔』を全曲解説・レビューをしてみて

とんでもない作品を聞いてしまったというのが第一の印象だ。

唯一無二の特徴的な彼女の歌声、文学的で知的で女性的な詩、無限の可能性を秘めたこの作品がデビューアルバムとは信じられない。

鯨やサックスをテーマに歌った冒頭2曲、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』を元にキャサリンという幽霊の目線で歌った “Wuthering Heights” 。

そして伝承バラッドを引用した美しく儚い “The Kick Inside” でアルバムは最後を迎える。

繊細なケイト・ブッシュの歌声から語られるアルバム『The Kick Inside』の物語は、やはりアルバムを通して聴くことでその本来の意味を知ることが出来ると思う。

改めてアルバムという1つの作品で聴くことの重要性や芸術性を感じさせてもらえた作品だ。

ぜひこれから聴く方はアルバムを通して聴いてみて欲しい。

そこには新たな発見や冒険が隠れているから。

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管理人:つる
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音楽ブロガー・ライター/イラストレーター/ミュージシャン
音楽に取り憑かれたロックン・ロール信者。中でもとにかく洋楽が好きで365日毎日聴き続けている。大学生の頃アメリカ留学中に受けた授業「ロックの歴史」に感銘を受け、そこから"次世代の小林克也"を目指すようになる。

CD、カセット、レコードなどアナログで鑑賞、アルバムを手に取ってはニヤニヤする変態。特技は80年代洋楽をミュージックビデオと共に1時間鑑賞する事。

日本全国、いや全世界にロックを必修科目にさせるべく日々魅力的な記事を投稿中。
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