【ディスクレビュー】MR.BIGのアルバム『リーン・イントゥ・イット』を聴いて分かったこと【洋楽名盤全曲解説】

洋楽好きと言っておきながら、実はベストアルバムでしか聞いたことがないアーティストはたくさんいる。
私にとって、MR. BIGもそのひとつ。
そこで、今回は1991年にリリースされた2ndアルバム『リーン・イントゥ・イット』(Lean Into It)をレビューしていく。
このディスクレビュー記事では「アルバムで聞くことの大切さ」を再認識してもらいたいという意図と願望を込めている。
1人でも多くの方にアルバムを知ってもらい、聞くきっかけになってもらえたら幸いだ。
『リーン・イントゥ・イット』全曲レビュー/おすすめ度(★5段評価)
収録曲 | 収録時間 | おすすめ度(★5段階) | |
1 | Daddy, Brother, Lover, Little Boy (The Electric Drill Song) | 3:54 | |
2 | Alive And Kickin’ | 5:28 | |
3 | Green-Tinted Sixties Mind | 3:30 | |
4 | CDFF-Lucky This Time | 4:10 | |
5 | Voodoo Kiss | 4:07 | |
6 | Never Say Never | 3:48 | |
7 | Just Take My Heart | 4:21 | |
8 | My Kinda Woman | 4:09 | |
9 | A Little Too Loose | 5:21 | |
10 | Road To Ruin | 3:54 | |
11 | To Be With You | 3:27 | |
12 | Love Makes You Strong | 3:28 |
1. Daddy, Brother, Lover, Little Boy (The Electric Drill Song)
バイクのエンジンがかかるようなSE、ロケットの打ち上げをする管制室風のアナウンス、音量がみるみる上がりリスナーの気持ちをジワジワと昂らせてくれる。
ここまでが冒頭17秒で起きた事件である。
エリック・マーティンのシャウトから始まり、思わずヘドバンしたくなる爽快なリズムが脳を貫く。

ギラギラ輝くピッキングハーモニクスが最高だよね
2:08からさらに展開していきポール・ギルバートの高速テクニックのギターソロが始まるのだが、情報量が多くて目が回るようだ。これだけじゃない2:29からはビリー・シーンと共鳴する電動ドリルの演奏が脳内をぐちゃぐちゃにかき混ぜブレインシチューが出来上がるのだ。
ソロ後の後半パートでは、キーが上がり盛り上がりが最高潮に達し、シャウトやビーム光線のような音色が炸裂、ドラムが火花を散らせる。アルバムの出だしとして最高の一曲だ。
歌の主人公は、お前のためなら何でもやってのける機転のきく人物 (Johnny on the spot)。相手が求めることに対して難なく対応するのだが、何を表しているのだろうか?
「BURRN! PRESENTS 炎 Vol.5 (SHINKO MUSIC MOOK)」というMR.BIGの特集本がある。これによるとエリックがビリーについて書いた曲だと語っている。
ビリーが書いた曲に歌詞とメロディを付け足したのがダディブラだそう。
あの歌は実は、総てビリーのことを思って書いたんだ。自分の書いた歌詞をプロデューサーに却下されて、別の人間に書き直されるなんて、ソングライターとしてはとても悲しいことだ。それでどれくらい彼がショックを受けたかは知らないけど、せめて、歌詞は僕から彼への贈り物として書きたかった。
通称ダディブラとして知られているこの楽曲。なんと言っても印象的なのがギターソロを中心としたモーターの回転する音だろう。
すでにご存知の方もいるだろうが、これは曲名にある通り電動ドリルの音で実際にライブでも演奏される。
3〜4枚のギターピックが先端に装着されており、ソロを再現するのに必須の代物になっている。
【出典】Billy Sheehan (@billysheehanonbass) / PaulGilbert (@paulgilbert_official) instagramより

マキタの電動ドリルを使っているみたいだよ!
2. Alive And Kickin’
スモーキーでブルージーな音色を轟かせ始まる “Alive And Kickin'”
アメリカの田舎にあるバイカーバーなんかをつい想像してしまう。
8ビートのリズムを刻み、エリックのボーカルが始まるのだが、これがまたたまらん。彼の歌声からは「ロックスターの生き様」を証明してくれているように感じる。
実際歌われている内容も「若い男女が愛と自由のために生きると誓い、故郷を離れ、まだ見ぬ世界に向けてハイウェイをかっ飛ばす」というものバンドの生き様を感じるし、コーラス・パートのハーモニーも架空の主人公たちの背中を押すようにも聞こえる。
3:04〜3:37にかけてあるギターソロもブルースとハードロックを融合されたサウンドが沁み渡り、その後展開するポールとビリーの音の絡みも痒いところに手が届く。
すでに、ほろ酔い状態だ。
歌詞の中に “Stevie Ray Blasting on the radio” (ラジオではスティーヴィー・レイが爆音でなっている)と一節がある。
これは紛れもなくブルースギタリスト、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのことだろう。
低迷していたブルース人気を80年代に復活させた人物で、人気絶頂の時に残念ながら1990年に事故死している。
Stevie Ray Vaughan
— bluesharp (@bluezharp) January 12, 2025
Photo by ©Patrick Harbron pic.twitter.com/zWikbds8ZW
【出典】bluesharp (@bluezharp) Xより
そして、本作は1991年リリースなのだが、彼の名前を歌詞に登場させることで追悼の意を示しているのかもしれない。
曲名の “Alive And Kickin'”も「健康で活発的」という意味なのだが、お前がいなくなった後でもブルースとロックは生き続けてるぞ、という含みの意味も込められているのだろう。
それは、色濃いブルースサウンドから感じるテキサスハリケーンからも分かるのだ。
3. Green-Tinted Sixties Mind
「おお、なんだこれは」、と口が開いたまま聴き入ってしまうほどの美しいメロディーライン。調べてみると、16分音符の中にタッピング(指を弾いて鳴らす演奏)とフィンガーピッキング(指引き演奏のこと)を屈指し、巧みに演奏しているというそうだ。

シンセサイザーの音じゃないんだね。
さらに左右交互に聞こえてくるスネアドラム、重心を低く構えたベース音。すでに腹八分目まできているのだが、まだ開始28秒しか経っていない。なんてこった。
そしてヒッピー風の女性を主人公にした物語がいい。「淡い夢の中、朝日に起こされた彼女、緑がかった60年代のマインドを持っており、心のうちに入り込んで引き裂こうとするモノから隠し通そうとする」という分かりそうで分からない内容が我々リスナーの心をフワッとさせる。
2:03から2:29までピッキングハーモニクスを効かせたギターソロ。ラスト5秒にビリーのベースが隠し味を入れるのだが、雰囲気的にシタール風の音色にも聞こえて登場人物や60年代を思わせる特徴があるのも面白い楽曲だ。
通称「60’S マインド」で知られる名美曲。
エリックも「ファンは皆、今でもあの曲のコーラスで合唱するのが大好きだ」と語るほどの人気曲だ。
しかし、前述した通りイマイチ内容が分からない。
ただ、タイトルの “Green-Tinted Sixties Mind” (緑がかった60年代の心)から深掘り、考えてみると見えてくるものもあるだろう。
歌詞カードには、以下のコメントが書かれていた。
Did you ever notice how old movies from sixties have sort of green tint to them? Strange but true.
(古い60年代の映画って少し緑がかってるって知ってた?変わってるけど本当のことなんだ。)
つまり「緑がかっている」というのには60年代の映画からインスパイアされたものだと分かる。
次に60年代のカルチャーの背景から見ていくと更に気づきがある。
60年代後半にかけて社会体制やモラルを否定し「愛・平和・花」をスローガンに掲げたヒッピー・ムーブメントが起きた時代。そしてベトナム戦争が泥沼化して行くのと同時に反体制運動が過激化していく中、ロックはその象徴となっていったそうだ。
それは、歌詞に登場する “ジャニス” という人名からもジャニス・ジョプリンのことだと分かるヒントが表れている。
【出典】Janis Joplin (@janisjoplin) Instagramより
更に映画にも変化が訪れ、ニュー・シネマというそれまでの娯楽主義やスター主義とは異なるジャンルの作品が登場。映画『イージー・ライダー』に代表される、自由主義的映画がロックと共に作品に込められていったのも、この時代だ。
実際ビリー・シーンはこの曲について、以下のように語っている。
“Green-Tinted Sixties Mind” is about an actress who can’t let go of her past and wants to relive her former glory, as in the lyric, “Hanging out with Janis, moving to Atlantis, and tell the press you died.”
(「60’S マインド」は、「ジャニスとつるんで、アトランティスに移り住んで、マスコミにお前が死んだと言う 」という歌詞のように、過去を手放すことができず、かつての栄光を取り戻したいと願う女優のことを歌っている。)
つまり、「60’S マインド」の主人公はニュー・シネマ以前の女優で、時代の変化に追いつけず取り残され忘れ去られた人物という人物像が想像できる。
コーラスの「60年代の映画にでたらお似合いだろう、かわいい伝説の人」なんかはある意味皮肉で、「マスコミが死んだと報道するだろう」という一節も
“死”= “時代遅れの人”
という風に捉えることができる。
4. CDFF-Lucky This Time
60年代からトリップしたかのようにテープを早送りする演奏が始まり展開するのは、ハード・ロックバンドが誇るムーディーでメロディアスな世界。
コーラスエフェクターの水色の音色でゆったりとした曲なのだが、所々にピッキングハーモニクスなどを散りばめハードさを出している緩急が素晴らしい。
「夜の街、雨に濡れ落ち込んだ女性に手を差し伸べる男、”今度は運に恵まれるよ” と励まし再び立ち上がる」という内容は「ダディ・ブラ」に通づるポジティヴな楽曲だ。
ただ、この曲はジェフ・パリスというミュージシャンが作詞・作曲したものである。ハードロック系のバンドに楽曲提供をしている人物なのだが、面白いことに彼自身も『Lucky This Time』というアルバムを2年後に出しセルフカバーをしているのにも注目だ。

コーラスエフェクターの音色の背景にAORシンガーであるジェフがいるのは興味深いな!
前述した通りこちらはジェフ・パリスによる楽曲なのだが、”CDFF” という頭文字が曲名に追加されている。
ギターのコード説があるが、弾いてみるとイントロの部分は”DDGG”だ。実際ライブ映像を見てもポールはそのように弾いている。
では、”CDFF” とはなんぞや?
Mr.Bigの公式YouTubeの説明欄を読むと分かるのだが、これは“Compact Disc Fast Forward”の略で「CDを早送りする」という意味だ。また、CDFFはギターコードのストラクチャーを表す意味とも書かれていた。

冒頭に流れる早送りはその事を表していたんだね
5. Voodoo Kiss
アコースティックギターの演奏で始まるのだが、はじけるようなハンマリングとプリングを巧みに組み合わせたゴリゴリのブルースがたまらん。クラシックやジャズっぽさも何処となく感じさせ音が並行移動するところからも聞き取れる。
歌が始まるとダークさや怪しさ満点の雰囲気が漂っており、紫色の照明にスモーキーなカウボーイが集まるバーを想像してしまう。
歌の中でも怪しさはあり、クレオールの娘の口づけによって呪いをかけられた主人公の視点で物語が描かれている。「呪いを解いてくれ」と懇願する主人公からは、ボン・ジョヴィの “Bad Medicine” にも共通する「誘惑のラブポーション」にかかった男の姿が想像できる面白い楽曲だ。
“Voodoo Kiss” というタイトルにある通り「ブードゥー教の魔術のキッス」という意味で、曲の中では呪術やオカルト要素を節々に感じられる。例えば歌詞に登場する以下のキーワードがあげられる。
- Full Moon (満月)
- Black Cat (黒猫)
- Spell (呪文)
- MOJO (魔法・マ◯ファ◯)
- Curse (呪い)
- A White Haired Woman (白髪の女)
- A One Eyed Jack (片目のジャック)
また、主人公の事を誘惑で操るクレオールの娘が登場する。
クレオールはフランス、スペイン、アフリカ、先住民を先祖に持ち、フランスの植民地であったルイジアナ州の買収以前に同州で生まれた人々を指す言葉なのだが、曲の中では多くのことは語られていない。
ただ、クレオールの人々について知ると面白い。
ミシシッピ川が育んだ、食と音楽のミックス・カルチャー ルイジアナによれば、ルイジアナ最大の都市ニューオーリンズはジャズの発祥の街で、街中には常に音楽に溢れいるそう。さらにルイジアナ発祥の「クレオール料理」は玉ねぎ、セロリ、ピーマン、エビやカニでとった出汁のスープが使われており、その食材・料理工程にはルイジアナの歴史に現れるように国際色豊かで複雑だ。
“A touch of sweet and nasty” (ちょっとの優しさと意地悪さ) に惚れた男は気づかないという一節からは、彼女の誘惑や危険な香りを感じ取れるのだが、これはクレオールの娘の持つルーツや歴史的背景から理解することができるだろう。
また、アドリブで「ずる賢いセクシーな女は魔法が効くことがわかった、Mr. BIGなんて楽勝ね、情熱的なエンジェルよ」というセリフがあるのだが血気盛んな女を想像できる。
血気盛んで衝動的な人物といえば、ルイジアナ州を舞台にしたジェイソン・ステイサム主演の映画『バトルフロント』(2013)で登場した現地民の “よそ者 (ステイサム) に対する態度” にもよく表れていたな。
ここまでルイジアナ州とクレオールについて説明したのだが、エリック本人によると、昔ツアーでルイジアナ州に行った際『マダム・ラボーズのヴードゥー・ショップ』という暗くて怪しげなお店に入った時のことを思い出して書いたそうだ。

お店の女主人に「ラヴ・ポーションもあるわよ」と言われ、原材料のコウモリの羽根、目玉、薬品などが並べられたみたい。ヤバすぎ。
6. Never Say Never
先ほどルイジアナの心地よい泥臭さを残しつつ、エアロスミスのようなブルースを基調とした王道のアメリカン・ハードロックをプンプンに感じる最高のナンバー。
彼女に振られ過ちに気づく主人公、2度目のチャンスで “Never Say Never” (決してなんて言わないし言わせない) と2人の愛をお互い確かめ合うというストーリーにロックンロールの味付けがうまい。
フェードアウトする際には、男たちの雄叫びが地鳴りを轟かす。愛の誓いを表しているのだろうか。
歌詞カードには以下のようなコメントが添えられている。
Contains the unstoppable, unyielding, unbelievable, pulsating Sheehan-Torpey groove.
(”止めることのできない” “屈しない” “信じ難い” と言った感情がつまったビリー・シーンとパット・トービーのグルーヴだ。)

ライブでシンガロングしよう!
7. Just Take My Heart
水面の波紋が広がるような、メロウで美しいギターリフがとにかく最高。フィンガーピッキングの冒頭30秒弱から終始コーラスエフェクターによって奏でられる音色の中には、水平線に沈みゆく太陽がつい浮かんでしまう。
実際に歌詞を見ると “It’s late at night” (夜が更け…) と始まるので、あながち解釈は間違いないかな。歌われているのはいわゆる失恋をテーマにしたサッド・ソング。
3:29からキーが1段階上がり盛り上がるのだが、メンバー全員での合唱からアウトロの流れるようなギターについ涙してしまう。これぞロック・バラードの極意だ。
この曲は、4曲目の”CDFF-Lucky This Time” の続編のように感じる。
どちらの曲に共通するのように、コーラスエフェクターの音色が特徴的でセンチメンタル(感傷的)な雰囲気が出ている。それだけではなく “open your heart” (君の心を開いてくれ) から “take my heart” (俺の心を持って行ってくれ)と「心」の移り変わりからも分かるのだ。
それぞれの別の人が作詞・作曲をしているが、アルバム内で物語を完結させているのアイディアは興味深い点である。
8. My Kinda Woman
一風変わってこちらはハード・ロック色が強まった楽曲だ。冒頭だけ聞くとドッケンと間違えてしまうリスナーももしかしたら続出するのではないだろうか?

ちょっと “Dream Warriors” っぽい感じもあるよな〜
それはさておき、この曲ではエリックのヴォーカルがすごく全面に押し出されているのが気持ちいい。特に”My Kinda Woman” とコーラスの前に一拍置かれてから爆発する彼の歌声には度肝を抜く。ソウルな歌声にはエモさがすごく感じるのだ。
もちろんポールのギターソロもピカイチ。2:16~2:33まで17秒間という短い間にギターテクが濃密に詰め込まれている。ブルース・リーの言葉を借りるなら「考えるな感じろ」と言いたい楽曲だ。

“Magic to burn”っていう一節をバンド名に提案したけど却下された逸話もあるよ
“My Kinda Woman” (俺好みの女)とは誰のことなのだろうか?
歌詞に散りばめられたのは、以下のようなキーワードだ。
- 1946 (1946年)
- Bedroom Eyes(誘惑を誘う半開き目つき)
- Fire Engine Lipstick Lips(消防車のような真紅の唇)
- Silver Screen (銀幕・映画のスクリーン)
- Picture in the Movie Magazine(映画雑誌の写真)
- The Lady in Red(赤いドレスのレディ)
これらを考慮し考えてみると、ハリウッド女優のマリリン・モンローではないかと思われる。
【出典】Marilyn Monroe (@marilynmonroe) Instagramより
これらのキーワードとセックスシンボルである彼女の特徴にピッタリ当てはまる。
マリリンのスクリーンデビューは1947年だが、1946年に女優に転向している。(それ以前はピンナップガールであった)
「古き良きあの時代に戻れたら、彼女に会えるのなら心に燃やせる」と歌われている点からも、あの頃のスーパースターに対する憧れや時間を戻したいという欲求を意味しているのかもしれない。
9. A Little Too Loose
いい意味で泥臭いサウンドが耳につく。そして冒頭のディープな低音ヴォイスは、どことなくアクセル・ローズ風味のする変芸自在な声みたいでロックの重厚感が節々から感じる。
ただ、これはベースのビリーの声らしい。流石にエリックの七変化は見られないか。
歌の内容は、ツアーで疲れ果てたロック・バンドがオクラホマで姉ちゃんたちと羽目をはずすというとある晩のことを歌っている。またこれが面白く、エリックによると実話だそうだ。
ポール自身が当時のことを書いた歌で、ライブ終わりに女の子と2人っきり、楽屋に鍵をかけイチャイチャしてたというのがバックグラウンド・ストーリーだ。

ちゃんとオクラホマ・シティを歌詞に入れている、もう起こさないと肝に命じるためかな?

こんな実話がここまでブルースを感じさせる楽曲になるとは、才能の塊だな。
10. Road To Ruin
ドラムスティックで拍子をうち、男たちの重厚感のあるハーモニーで始まる。
ポールのギターもピカイチだが、ビリーのベースが全体のまとまりを分厚いサウンドでコーティングしたのがまた良い。ところどころスケールが移動するところなんか、相当テクニシャンなんだろうなと感じてしまうほどだ。
2:13〜2:43までのギターソロも、ビリーそしてパットのドラムのグルーヴがあってのことだろう。

2:39からの流れるようなソロは一体どうなってんだ!?
ぜひライブで聴きたい一曲!
“A Little Too Loose”に続き、こちらも羽目をはずした男の物語が大まかなストーリーなのだが、今回相手の女性には悪魔が見え隠れているというもの。
主人公を誘惑してくる彼女、その優しさの背後には “The devil was in disguise” (悪魔が変装している)という。なんとか追い払おうと努力はするものの気がついたら、夢中になってしまう。
歌詞の中に “Mustang Sally” (ムスタング・サリー)という言葉が出てくるのに気がついただろうか?
これはウィルソン・ピケットが発表した同名の曲が元ネタで、フォードのムスタングを走り回すことに夢中の男が、恋人を置いてきぼりにしてしまうという歌だ。
【出典】Mustangs And Co. (@mustangs_and_co) Instagramより
Mr.BIGの曲では逆に、女性の魔の魅力にコントロールされてしまう主人公の男が描かれる。比喩表現として曲名を使用していることで、より一層情景が受けんでくるのが面白い。
11. To Be With You
うっすらと聞こえる笑い声、何か面白いことでも談話していたのだろうか。
すでに何度も聞いたことがある名曲、”To Be With You”。ここまでハードさやブルースがてんこ盛りのアルバムであったのだが、最後の最後で自然な甘さが引き立つアコースティックナンバーがやってくる。
例えるのならば食後のデザート、それもオーガニックで体に優しいもの。
ギターも基本E,A,Bの3つしかコードは使わないシンプルなところからも、余計な味付けを足さない素材の味を堪能できるのだ。
優しさを感じさせるのは、やっぱりエリック以外のメンバー3人によるスリー・パート・ハーモニーが包み込むからだろう。そして、1:51〜2:14までのギターソロ。ハンマリングやプリング、12フレットで鳴らすピッキングハーモニクスも生音であるのがゆえ、電子音を通して鳴らすよりも温かみがあって最高なのだ。
なぜか聞いているだけで、多幸感を感じる名曲中の名曲だ。
“To Be With You”は、エリック・マーティンが17歳の時に書いた楽曲。
15年前(1992年時点から)にピアノで作曲、カリフォルニア州サクラメントにいた頃に、とある女の子に向けて書いたものだそうだ。
『MR.BIG グループ・ポートレイト』というドキュメンタリー作品でエリックは、以下のように語っている。
当時 彼女は18歳で年上の彼氏に精神的に傷つけられていた。俺は彼女にとってセラピストみたいな存在だったんだ。彼女が俺を頼りにした理由は いまだによく分からないけど、彼女が自信を持てるようにアドバイスをし続けていた。家に帰ると自分が言ったアドバイスを紙に書きとめるようにしていたよ。
まず あのタイトルが頭に浮かびメロディーやコーラスをどんどん足していった、15年間 そのメロディーが頭から離れなかった
(I’m the one who wants to be with you…)
でも やっと世に出して、みんなと分かち合うことができた
10代の頃にあった実話、セラピストのような役目を果たしたエリックが15年間温め続けてきた大切な曲だとわかる。
この曲は、「絶望」や「逆境」を乗り越えるあらゆる人たちへエールを送る曲に進化していった。実際、バンド生活はカツカツだったそうで、エリックはマリンカウンティのカナル(低所得者層が多く暮らす地域)に住んでいたと語っている。
その後、”To Be With You”が全米ナンバーワンの大ヒット。生活が一変するというサクセスストーリーが続くのだが、ある意味でこの曲がバンドに微笑みを与え、逆境を乗り越えさせてくれた天使のような曲とも言える。
誰かを笑顔にするために書いた曲が、結果的に自分たちのことを笑顔にする曲になったのは、まさに天使が微笑んだ瞬間とも言えるだろう。
12. Love Makes You Strong
ラストスパートを駆け抜けるように、アクセル全開に進む爽快ロックソング。
その感覚はリズムギターの演奏パターンからも感じ、同時期に西海岸エリアでデビューしたグリーン・デイに代表するポップ・パンク調にも仕上がっていことからも分かる。
音の歯切れの良さから、ジョー・サトリアーニのようにサーフィンでもしたくなるようなインストゥルメンタル・ロックが節々に捉えることができる。(特にリフの部分)
1:54〜2:14にはギターソロがあるのだが、ポールとビリーがどちらとも譲らない姿勢を見せており、ベースソロと言ってもいいくらい最高だ!
アルバムの頭を飾る「ダディブラ」と同じくらい迫力があるのだが、こちらは「愛が人を強くする」とあるように、人々にエンパワーメントをもたらすメッセージが込められている。

強くするっていうのを “Like A Tyson Fight”(タイソンが試合するみたいに) っていう表現にしてるのがイカす!
ただ、その裏側には「代償を払う羽目になるぞ」という、愛がもたらす副作用的な一面も覗かせるテーマが隠れているのにも注目だ。
作詞作曲はポール・ギルバートによるものなのだが、歌詞には彼自身とバンドのことがうまく反映されている。
冒頭の「欲しいものも必要なものも手に入れた、けど違かった」という一節からは、”A Little Too Loose” であった羽目を外した時期のことを思わせるし、「家賃が払える」という歌詞からは、ボロアパートで暮らしていたエリックやツアー・バスで寝泊まりしていたバンドのことを表しているようにも感じる。
酸いも甘いも知り尽くした経験を振り返ることで、恋人、家族、バンドの愛の大切さを改めて認識する楽曲にも聞こえるのが面白い。
日本盤のみのボーナストラックということも、”日本のファンに対する愛” を意味しているのかもしれない。
『リーン・イントゥ・イット』の歴史
1991年4月にリリースされたアルバム『リーン・イントゥ・イット』(Lean Into It)は、Mr. BIGのセカンド・アルバムだ。
解説
【出典】Eric Martin (@iamericmartin) Instagramより
デビュー・アルバム『MR.BIG』から2年の期間をあけリリースされたこのアルバムは、バンドの代名詞と呼ばれる名盤だ。
前作までは、バンドメンバーが各々書いてきた曲の断片(エリックはこれをスレグニッツと呼んだ)をまとめてアイディアを繋げていったのを、週末にエリックが自宅で歌詞を書き、再びバンドに聞かせるというルーティーンであったのだが、今回からはリハーサル・スタジオ『メイツ (Mates)』で制作。
他にも、共同製作者のアンドレ・ぺシスのガレージを改造した部屋で次々と名曲が生まれていった。
また、今作から初めてジェフ・パリスなどの外部のライターを採用したり、カナダで出会ったジム・ヴァランスと “Never Say Never” を作るなど新たな試みを取り入れた。
細部までとことんこだわり、出来上がったこのアルバム。リリースされるものの売り上げは伸びなやみ、裏でレコード会社は未来が見えないということから、契約を打ち切ろうという話が出ていたそう。
しかし、運命の別れ道であの “To Be With You” がじわじわとチャートを伸ばし、全米ナンバーワンヒットを記録したことをきっかけに免れたという。
アルバムはBillboard200で最高15位。シングル「To Be With You」は、3週連続1位で世界11カ国でチャートインした。

2021年に30周年記念盤が発売されたぞ!
アルバムタイトル およびアートワークについて
アルバム名 “Lean into it” とはどういう意味だろう?ネイティブキャンプの英語学習Q&Aサイトを引用させてもらうと、「困難な状況に積極的に取り組む、または自分の強みや興味を最大限に活用すること」を意味することで、新たなスキル取得のために努力をすることや、自分の意見を主張する場面で使われるフレーズだそうだ。
この名前を考えたビリー・シーンは、以下のように語っている。
「襲われて角に追い詰められた時、人は大抵、これ以上傷付けないで、と壁に身を寄せて縮こまるだろ?でも、そうじゃない、そこで逆に身を乗り出して敵に立ち向かえ!ってことだ」
それまで、前座ばかりの売れないバンドであったこと、売れっ子の先輩バンドからバカにされたことなど、反動や反抗というさまざまな感情に溢れて出てきたのだろう。
タイトルが決まった後、それに見合った写真を探しており、最初は、悪漢に追い詰められた女性がT字形のバンドルをした起爆装置を押そうとしている、というコンセプトのものであったのだが、これはボツに。
しかし、たまたまレストランで食事をしているときに、壁にかけてあった一枚の写真に目がとまる。
Train Derailment at Gare Montparnasse, Paris, France. 1895. pic.twitter.com/VeP8bOM8Rx
— History Photographed (@HistoryInPics) June 4, 2014
【出典】History Photographed (@HistoryInPics) Xより
それは、1895年にフランス・パリで起きた「モンパルナス駅脱線事故」の写真で、壁を突き破って転落した列車が斜めに寄っている瞬間を写したものだった。アルバム・タイトルのコンセプトと合致した写真にピンときて、2週間かけ写真を見つけ出し、使用できるようになったそうだ。
まとめ:さまざまな音楽要素がふんだんのアルバム、それが『リーン・イントゥ・イット』

さて、今回初めてアルバムを通して聞いてみたのだが、Mr. BIGの音楽性の幅広さをすごく感じた。
正直聞く前は、ゴリゴリのハードロックを演奏するバンドだろとしか思っていなかったので驚きが隠せない。
音楽要素については、以下のような要素があげられる。
- ハード・ロック
- ロックンロール
- AOR
- ブルース
- ジャズ
- ソウル
- スカ
- クラシック
これだけ広い感性を持ち演奏するロック・バンドは他にいるだろうか。やはり、バンドのメンバーがそれぞれ違う音楽の嗜好を持ち、活動をしてきたのが背景にあるからだろう。
また、楽曲のテーマも「失恋」「憧れ」のほか、実話ベースの物語だったりと多彩なのも注目したい点だ。
そして、肝心のツアーなのだが、2023年にMr.BIGは “The BIG Finish FAREWELL TOUR”と題した最後のワールドツアーを発表し、7月には名古屋、大阪、東京の3都市でも行われた。
バンドとしての活動は終わるかと思われたが、なんと今年2月にアンコールで日本に来ることが決定!題して “The BIG Finale Forever In Our Hearts” だ。日本に愛され、日本を愛したビッグ・イン・ジャパンのバンドから最後のBIGサプライズ。
【出典】ウドー音楽事務所 (@udo_artistinc) Instagramより
エリックが語っているように、これが本当に最後に見れるチャンス。ぜひ一期一会のライブ体験、歴史の最後を目撃してみてはいかがだろうか。
このように日々、洋楽の魅力を発信している。もし少しでも面白いな、役に立ったなと思ったら、XとInstagramもやっているのでフォローしてもらえると幸いだ。
それでは洋楽を楽しみましょう!
SEE YOU NEXT WEDNESDAY!!





